前川國男の設計で、1966年(昭和41)に大小2つのホールを有してオープンした《埼玉会館》。施設の老朽化に伴い、今年10月1日から1年半の間、大規模な改修工事に入り、休館となる。その前に、"木のホール"と称される大ホールを使って「ホールの響き体感・建築セミナー&ミニコンサート」が5日土曜日に無料で開催された(要事前申し込み)。
立地はJR浦和駅西口から歩いて5-6分、駅前の商業施設コルソ館内を通り抜け、浦和レッズの赤い応援旗を左右にはためくさくら草通りをそのまま真っすぐ進むと、目の前に茶色(以下、配布資料表記に準じて黄褐色)の建物が現われる。
今回のイベントは、昨年9月に開催された建築セミナー「埼玉会館の建築-Architecture Art-」に続く第二弾(主催:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団)。前回「埼玉会館を通して前川建築を読み解く〜打ち込みタイルとエスプラナード〜」と題して講演した、現・前川建築設計事務所の橋本功代表取締役が連続登壇。子どもでも楽しめた音響実験に加え、建物のパンフレットと講演資料も配布されるなど、手厚い内容であった(以下、当日の見聞メモを加えて備忘録とする)。
講演によれば、建物へのアプローチ動線は、この桜草通り側(東)からと、県庁通り(南、後述)からの2つ用意されている。
建物に沿って北側に進むと、今年3月末で閉館した《県立浦和図書館》の手前に幅の広い階段があり、昇ると、屋上庭園[エスプラナード2]が広がり、左手の低層棟が大ホール、右手奥の高い建物が管理棟。
後に入る大ホールホワイエ空間に掲示されていた資料、平面図と立面図を参考まで。
後記の画で判るが、大ホール、小ホールなど主要施設の60%は地下に潜っている。小ホールは[エスプラナード2]からは塀越しに屋根がかろうじて見えるのみ。敷地内の高低差を活かした2つの[エスプラナード]を踏まえて、メインとなる大ホールでのイベント開催前後の動線計画も考えられている。
後記の画で判るが、大ホール、小ホールなど主要施設の60%は地下に潜っている。小ホールは[エスプラナード2]からは塀越しに屋根がかろうじて見えるのみ。敷地内の高低差を活かした2つの[エスプラナード]を踏まえて、メインとなる大ホールでのイベント開催前後の動線計画も考えられている。
なお、"エスプラナード"とは、スペイン語とフランス語を組み合わせた造語で、広場、湖畔の散策路の意。もうひとつの[エスプラナード1]は2棟の間にある階段を下った下、県庁通りからのアプローチ側にある。大ホールへのアクセスはそちらがいわば"正式"。
コンクリート+陶器製のベンチも前川國男デザイン。上の画の奥には同仕様によるテーブルを備えた屋外喫煙スペースもあり、約50年前の時代性を感じる。
エスプラナードに敷き詰められた煉瓦(資料にはタイルとの表記も)と、円形の植栽ゾーンとの取り合い(=せり上がっている部分)が実に細やか。上から俯瞰すると、花が咲いたような絵柄が浮かび上がるらしい。この模様は、足下に位置する館内ホワイエのフロアデザインとも連動している。
前述の階段を下り、県庁通りに向かう。階段と街路を繋ぐエクステリア、視覚障害者誘導用ブロックが黄色ではなく、色調を合わせているのも、おそらく指定と思われる。
建物を印象づけている黄褐色の外装も前川作品ならでは。この日のセミナーでも説明があったが、自然な焼き色を残したタイルで、施工は打ち込み工法。タイルの表面ところどころに見られる小さな丸孔はその名残り。
打ち込みタイル工法はについては、同じ前川作品で2012年にリニューアルオープンした《東京都美術館》の開示資料:トビカンみどころマップの絵解き(PDF)が解りやすい。タイルの色味は1964年竣工の書店、新宿の《紀伊國屋ビル》のほうが近いか。
打ち込みタイル工法はについては、同じ前川作品で2012年にリニューアルオープンした《東京都美術館》の開示資料:トビカンみどころマップの絵解き(PDF)が解りやすい。タイルの色味は1964年竣工の書店、新宿の《紀伊國屋ビル》のほうが近いか。
昔のウルトラマンに出てくる怪獣を彷彿とさせる、なにやらユーモラスな外灯だが、灯る夜間の外観はそれは美しいとのこと。
県庁通りより、[エスプラナード1]を正面に据えた位置からの大ホール棟の見上げ。下の画は同じ立ち位置からの管理棟の見上げ。
左に管理棟、右に大ホール棟。その間の階段を昇った先の空間が[エスプラナード1]、さらに大小ホールの入口であるエントランスへと続く。
道路からあえて長く、緩やかなアクセスとすることで、これからコンサートを聴こう、イベントに参加しようという気持ちを盛り上げる心理的効果を狙っているとのこと。
エントランス正面左手の当日券売場は現在は使われていない。
前川國男は内外に置かれたベンチや照明のほか、館内共有スペースのゴミ箱までデザインしている。
エントランスロビーから階段を下りると、大ホールの出入口であるホワイエに辿り着く。此の空間に至るまでのアプローチを前川國男は大事にした。公演終了後は階上のガラス扉を開放し、最大で約1,500人もの観客をそちらから館外に出すこともできる。
ちなみにエントランスから左に進むと504名収容の小ホールがあるが、大ホールの二階席と含めてこの日は見学対象外(他の団体の予約利用もアリ)で見られず。
ちなみにエントランスから左に進むと504名収容の小ホールがあるが、大ホールの二階席と含めてこの日は見学対象外(他の団体の予約利用もアリ)で見られず。
ホワイエの天井見上げ。北側にある中庭のドライエリアから入る安定した光と相まって、美しい。
照明が埋め込まれた柱まわりの"木の胴巻き"だが、竣工時のデザインではなく、1995年の大ホール大改修の際、"木のホール"の内部空間のイメージにあわせて付加されたもの。違和感はない。
階上[エスプラナード]と連動しているという床のタイルパターン。
ガラスの観音式中扉が3カ所にアリ。
ホワイエ奥、配布資料によれば[ワインコーナー]とのこと。カウンターの裏手に男女トイレがある。
ホワイエ最深部から、フロアの見返り。
大ホール、右側の扉まわり。消火栓の色が赤ではなく、壁と同じクリームイエローで塗装されている。
開館当時は1,514人、現在は1,315人収容の大ホール(上の画はイベント終了後、1995年に取り替えられた緞帳「さくら元年彩の国」が降りた状態)。
この大ホールの最大の特長は、壁から天井にかけて難然合板材で仕上げられていること。講演によれば、下地にも杉の合板を使っており(現法規では認可されない)、全てが「木」であればこそ、ホール全体がひとつの楽器であるかのような、温もりのある理想的な音響効果を実現しているとのこと(同ホールは、日本音響家協会による「音響家が選ぶ優良ホール100選」のひとつに選ばれている)。
ちなみに小ホールは扇形で、左右の壁はグレー。
左右の壁面の"ひだ"も音響のための造作だが、実は左右対称ではナイ。フラッターエコー防止のため、位置を微妙にズラしている、と橋本所長が解説した際には聴衆から「ほぉぉ」と感嘆の息が。音がこもりやすい最後部の壁には、小さな穴が無数に空いた吸音板が張られている。
前川國男デザインの照明器具。
オリジナルの照明はホールの外、館内あちらこちらにも。
大ホールの外、地下2階通路の天井照明。
同地下2階、壁の窪みに埋設された照明。公共のホールでこの造作はスゴい。
右手、壁沿いの階段を上がっていくと、地下のホワイエに出る。奥はトイレ(和便器が殆どだったので、改修で洋便器を増やすのかも)。
大ホール、上手側の側面出口付近も見どころギッシリ。
モザイクの石は座席側にも貼られている。
さて、この日は前述した通り、前川事務所の橋本所長によるホール解説の後、埼玉大学管弦楽団によるミニコンサートも開催された。その間に用意された音響実験が面白かった。通常の演奏会ではありえない位置ーー客席後方、中間通路、ステージの左右端などに、トランペット、ホルン、フルート奏者が立ち、それぞれ音を出し、音の響きを比較(ステージ後方の壁にある反響板に向かって鳴らされた音を聴く機会など、今日を除いて無いだろう)。楽器から発せられた音がホール内の空気を伝わって観客の耳に届くという物理的な流れがわかるようにと、来場者には風船が1個渡され、膨らませたそれを両手で抱え、実験演奏を聴く、というスタイルをとった。手厚い。
13:30に始まったイベントは休憩を挟んで15:35に終了。その後もホールとホワイエ、そしてふだんは閉まっているドライエリアの中庭も見学用に開放された。
13:30に始まったイベントは休憩を挟んで15:35に終了。その後もホールとホワイエ、そしてふだんは閉まっているドライエリアの中庭も見学用に開放された。
ホール後方、開かれた観音扉からホワイエの眺め。正面に造作シャンデリアが見える。
ディテールがわかりやすいように、上の画は露出を調整しての撮影。
同じく。1階エントランスロビーの照明(天井見上げ)。
1階エントランスロビーからホワイエにはスロープでも出入りできる。奥に見えているのが中庭のドライエリア。壁はコンクリート打ち放し。
ドライエリア側のホワイエ壁面。ところどころ塗装されている。
壁取り付けの換気扇を露出させず、アクセントカラーで揃えたカバーがかかっているのがまたオシャレ。
中庭。左側が閉館中の県立浦和図書館、右側が大ホールのホアイエ。
昨年のセミナーを聴講していれば、このコンクリートの型枠についても教授があったのだろうか。
中庭にて。足下も油断ならない前川作品。
ところで、この《埼玉会館》は"二代目"である。前身は1926年(大正15)に竣工した《御成婚記念埼玉會舘》。設計は岡田新一郎(埼玉会館公式サイト〜会館の歴史・建築)。公共ホールの先駆け的存在という歴史性、何よりも今ではもうつくれないという"木のホール"を、県が大事にしているのがうかがえる。
改修工事期間にも関わらず、来年3月下旬にも橋本所長が登壇しての建築セミナーが開催されると告知あり。会場は前川國男が設計した《埼玉県立歴史と民俗の博物館》講堂。詳細は財団の《埼玉会館》公式ウェブサイトで後日公示される。
改修工事期間にも関わらず、来年3月下旬にも橋本所長が登壇しての建築セミナーが開催されると告知あり。会場は前川國男が設計した《埼玉県立歴史と民俗の博物館》講堂。詳細は財団の《埼玉会館》公式ウェブサイトで後日公示される。
+飲食のメモ。
管理棟1階にあるレストラン[シンフォニー]で昼食。
管理棟1階にあるレストラン[シンフォニー]で昼食。
天井の仕様は当時のママと思われる。埼玉県が発表した館の改修計画予定には入っていないので、1年半後もママ残されると思いたい。
ランチはパスタセットが950円から。サラダバーとドリンク(ホットのコーヒーまたは紅茶、セルフ)、デザートバーまで付いてのお値段なので超リーズナボー。 さすが公共施設。
本日の肉または魚料理もあったが、ビーフカレーセットをオーダー。消費税込みで¥1,030とこちらもおトク。昔の洋食屋でよく見かける古風な給仕服でサーブされるのでなにやら気分も良かったです。おいしゅうございました。
コーヒーゼリーとロールケーキとプリンもいただきまして、ごちそうさまでした。
改修工事後もますますステキになって営業再開されますように。
埼玉会館
www.saf.or.jp/saitama/
改修工事後もますますステキになって営業再開されますように。
埼玉会館
www.saf.or.jp/saitama/